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2017年 09月 17日
私は勇者だ。生れつき勇者だと言われ、育てられた。私の右手の甲にあるアザが勇者の刻印というものらしい。 父は私が立てるようになったその日から剣術の訓練を始めた。おかげで私は物心ついた頃には村で一番の剣士になっていた。その当時すでに父も私には歯が立たなくなっていたのだ。 私は自分よりも力弱い父と、自分よりも知識なき母に育てられた傲慢な子供であった。 村の子供たちを人とも思わぬほどに見下し話をすることもなかった。村人は皆私のためにある労働者でしかなかった。 勇者には旅立ちが義務付けられていた。世界を狂わせる魔王と戦い打ち負かすのが勇者の使命だからだ。 十五才になった私は、村人にも秘密にされている試練の洞窟に入ることになった。 持ち込めるものは一本の松明だけ。どんな試練がまちうけているか誰も知らない。 揺れる火影が岩肌をあやしく照らす。岩盤の亀裂から染み出す水に濡れた岩が呼吸しているかのように艶かしく輝く。その上に落ちる私の影が弱々しく踊る。 ぴちょん、ぴちょんとあちらこちらで水滴が落ちる音が反響して自分の立ち位置を見失う。今ここで敵にあったら機先を制するのは難しいだろう。 敵? こんな村外れのさびれた洞窟にどんな敵が潜むというのだ。道幅はせいぜい子供一人が通れるほど、天井も高くない。いたとしても地虫の類いだろう。 案の定、洞窟の奥に到達するまでなんの障害もなかった。途中、何ものかに切り捨てられたらしい地虫の死骸が二三体転がっていただけだ。私はそれを踏み越えて進んだ。 洞窟の最奥に祀られた龍の像から鱗を一枚剥ぎ取ると村に戻った。その鱗を勇者の証として国王に献上する。 王都までの旅も退屈なものだった。乗り合い馬車に揺られ、たった半日。こんなに近い場所にこの国の中心があったのかと驚くほどだ。 城門で鱗を差し出すとすぐに謁見がかなった。 王は温厚な老婆だった。旅立ちのために多くの武具と金をくれた。親切にも同行者も用意してくれていたが、それは丁重に断った。どう考えても足手まといにしかならないからだ。 それでも仲間になりたがり城の外までついてきた道化師が私に言った。 「おいらを連れていかないと、きっと後悔するぜ」 私は鼻で笑って道化師を無視した。道化師は勝手についてきた。 村の外に出るのは初めてだったが見聞きするものの中に驚くに値するものはなかった。 世界の文化水準は村にあった粗末な書物からでも類推できるほどでしかない。 まったくもって退屈で何もかもが私が守りたいと思うような価値もない。 魔王も探すまでもなく魔王城までも苦労なくたどり着いた。何もかもがスムーズであくびが出そうだ。 魔王城の門番に勇者の刻印を見せると重鎧を身につけた何かの獣の化身は低い唸り声を漏らして道を開けた。 「さすが勇者だ。魔物ですら怖れて道を開けた」 おどけた口調の道化師が私の前に立った。 「ここからはおいらが案内しよう」 そう言うとすたこらと走っていく。 この城は一見しただけで迷路のような作りだとわかる。案内がいれば無駄がない。だが、なぜ一介の道化師が魔王城の内部に詳しい? 疑問ではあったが怖れることもない。魔王など所詮は敵にもならない、なまくら刀だろう。早足に道化師の後を追った。 うねうねと複雑な道を通りあっという間に謁見室らしき場所に出た。玉座はあるが魔王はいない。 「ようこそ、ようこそ。優秀な勇者よ」 道化師が厳かな声で私を迎える。 「我が城はお気に召したかな?」 なるほど、魔王が道化師に化けていたのか。問答など面倒くさい。私は剣を抜いた。 「若者は気が短くていけないな。対話を大事にしよう」 聞く耳はない。一気に間合いを詰めて魔王の胸に剣を突き立てた。 剣は肉を貫き肋骨の合間を通ってあやまたず心臓に突き刺さった。しかし魔王の頬にはにやにや笑いが浮かんだままだ。 角度を変えて何度も突き続ける。魔王は避けようとすらしない。 それならば首を切り落とすまで。 剣を薙ぐが魔王の首には届かなかった。魔王は素手で剣を握って止めた。 「君を招いたのは他でもない」 魔王が勝手に喋りだした。 「君に魔王になってもらいたいのだよ」 意外な言葉に私は剣を引いた。魔王は道化師の衣装を引っ張り胸の辺りの破れに指を突っ込む。 「あーあ。お気に入りだったんだけどな」 そう言いながらもにやにやと私を馬鹿にしたような笑みを浮かべている。腹が立った。生まれて初めて腹の底から怒りが湧いてきた。今まで私は尊敬され敬われ恐れられるべき者だった。勇者なのだから、それが当然だ。 魔王と言えど私を軽く見ることなど許されない。私はあらためて剣をかまえた。 「だから、少し待ちなよ。いい話なんだからさあ。魔王になればね、世界のすべてが君のものになるんだって」 世界のすべて……。私はかまえを解かないままに魔王の言葉に耳をかたむけた。 「君は勇者だ。だが魔王を倒しても所詮は平民。手に入るのは一時の栄誉と少しの報奨金、まあ、騎士に取り立てられるくらいのことはあるかな。世間は次第に君のことを忘れていくだろう、残念ながらね。だって君は魔王を倒したら用なしなんだから」 魔王は玉座に近づくと、その背もたれに触れた。やわらかな曲線、まがまがしくも美しい装飾、威厳あるもののために作られた特別な椅子。 「けれど魔王は違うよ。君が強くあればいつまででもこの玉座に座っていられる。そうして世界を恐怖に突き落とし、思うさま蹂躙できるんだ。魔物たちは強いものには従順だ。君はその強さを十分に持っている」 そうだ。私は誰よりも強い。当たり前だ、勇者なのだから。 「こうしてはどうだろう。試しにこの玉座に座ってみるんだ。君が座るに値するか見てみるんだよ」 魔王は私の手をそっと握った。思いのほか柔らかくしなやかな感触に思わず剣を収めた。 「さあ、こちらへ」 導かれるままに玉座に近づく。なぜだろう、抗う気持ちが少しも湧いてこない。 私は魔王にすすめられるまま玉座に腰を下ろした。 その座り心地。ふわりと体が軽くなり、なんだって出来そうに思えた。私には何ものも敵わない。すべてのものが私にかしずく。それが当然の権利であり私が生まれてきた意義なのだ。 「気に入ったみたいだね。よかったよかった。では、今から君が魔王だよ」 道化師は両腕を大きく広げると空中に掻き消えた。消えてしまう一瞬に、こう言い残して。 「さようなら、孤独な魔王。君にぬかづく魔物はいない。この世にはもう魔物なんていなかったのさ」 何を言っているのだろう。孤独? そんなものいくらでも打ち壊せる。魔物なら作ればいい。いや、そんな労力を使わなくても人間を支配すればいいのだ。 「そこまでだ、魔王!」 突如扉を蹴やぶって一人の若者が飛び込んできた。彼の後に魔術師らしき二人の男女が続く。 「悪の化身め、この勇者がお前の悪行を止めに来た!」 「勇者? お前がか」 私は自称勇者の青年を鼻で笑った。 「身の程知らずも甚だしい」 「だまれ!」 「本当に勇者だというのなら刻印を見せてみろ」 青年は皮手袋をはずすと、手を突き出してみせた。その手の甲にはくっきりと勇者の紋章が刻印されていた。私の刻印よりずっとはっきりとしたものだった。 後ろの魔術師二人もローブの袖を引き上げた。二人共に手の甲に刻印を持っている。 「そんな馬鹿な……、勇者が四人だと?」 「知らなかったのか、魔王よ。この世界には四人の勇者がいる。皆で力を合わせて戦うのだ。仲間がいるということ、その強さは魔王であるお前にはわからないだろう」 私は呆然とただ黙って聞くしかなかった。 「残念ながら最後の一人の仲間は見つけられなかったが、三人でもおまえを倒すには十分だ。いくぞ、魔王!」 「ま、待て! 私は魔王では……!」 声が出ない。魔術師の一人が杖を振り上げている。魔法をかけられたのか。玉座から立ち上がろうとしたが体が動かない。石になったかのようにびくともしない。 「うおおおおおお!」 勇者が雄たけびを上げながら私に向かって突進してくる。その切っ先が私の胸にするりと吸い込まれる。胸の奥まで到達した刃が心臓に突き刺さる。 痛みはない。ただ胸が焼けるように熱かった。 勇者が剣を引き抜くと私の胸から血が迸り出た。勇者の体を真っ赤に染める。それはまるで勇者が赤いマントを翻したようにも見えた。 がくがくと体が痙攣を始めた。出血がひどい。どんどん体温が下がっていくのがわかる。寒い。寒くて仕方ない。 「魔王よ、お前の敗因は仲間を持たなかったことだ。たった一人、玉座にしがみついていたことだ」 私は間違ってなどいない。私は魔王ではない、勇者なのだ。お前たちが悪いのだ。私を探しに来なかった、私を迎えに来なかった、私を仲間にしなかったお前たちが。 魔王はがくりと首を垂らした。 「やった……」 魔術師がそっと呟く。 「ああ、やったな」 剣の勇者が力強くうなずく。 「さあ、帰ろう。町のみんなが俺達を待っている!」 勇者たちは後ろも見ずに歩き出した。一人の魔術師が不思議そうに首をひねって立ち止まった。 「どうした? 何か気になることでもあったか」 「ええ。魔王は私たちを見た時、こう言ったわ。『勇者が四人だと?』私たちは三人だというのに」 「俺たちの影を見間違えでもしたのだろう。そんなことどうでもいい。さあ、帰るぞ」 「ええ……」 女性の魔術師はそっと魔王に近づくと、魔王の死体を探ってみた。 『へんじがない ただのしかばねのようだ』 魔術師は納得して玉座から離れた。魔王の胸からしたたった血が手の甲まで流れ、勇者の刻印を血で覆い隠していた。
by satoko-mizo
| 2017-09-17 13:49
| 小さなおはなし
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