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2018年 02月 17日
「これを読んでみなさい。勉強になるから」 祖父が一冊の本をテーブルに置いて、ずいっと押し出した。俺はげんなりして、それを表情にも出したのだが、祖父は気づかぬふりをして湯飲みを持つと自分の部屋に引っ込んでしまった。 残業後の遅い晩飯を中断して、本を手に取る。『大強運』という題名で、銀河をバックに作者のキメ顔の写真がでかでかと印刷された、あからさまにうさんくさい本だ。まともに触ると大凶運を引きかぶりそうで 人差し指の爪先でテーブルの隅に押しやった。 祖父はなにかというと俺を教育したがる。昔から孫を甘やかすということをしない人だった。学生時代にはクリスマスプレゼントにもお年玉にも、参考書を山のように渡された。それは、まあ、仕方ないかとも思う。初孫なのだから、手をかけたくもなったのだろう。 だが、就職していい年をした大人にまで教育が必要だと思っている。それもまあいい。祖父にとって俺はいつまで経っても青二才、いや、ひよこなのだろう。 問題は、参考書のチョイスだ。せめてまだビジネス書ならよかったのに。 薦められる本は、うさんくさく、いかがわしく、妙に高価だった。正直、ページを開く前から内容はわかり切っている。『この本に書いてある奇跡を体験したかったら、もっと金をつぎ込め』そして、既刊案内やら怪しげな開運グッズやらの広告が載っている。 わかり切っているんだから読まなければよいのだが、祖父は本の感想を聞いて来る。テストか、と問いたくなるほど、微に入り細を穿った質問をしてくる。 読んでいないとか覚えていないと答えると、急に十歳もニ十歳も老けたかのように肩を落とすのだ。孝行と思って読まざるを得ない。 晩飯の食器を片づけてから、いやいや、爪でひっかけるようにしてページをめくってみた。文字が異様に大きく、行間も広い。値段と本の厚さのわりに内容がないことを証明している。 とにかく、速読のつもりで考えずに文字を追う。背中に鳥肌が立ちそうなくらい気持ちの悪い、現実味など一欠けらもない奇跡体験の投稿とやらが続く。残業の疲れの上に、さらに疲労がのしかかってくる。 もう限界だ、と本から手を離すと、ページがパラパラと勝手にめくれて、大き目のメモ用紙が挟んであるところで止まった。どうやらメモ用紙が挟まっていたせいで型がついていたらしい。 『奇跡はいつも知らないうちに忍びよっている。』 メモにはそう書かれていた。なんだろう、本の言葉を書き抜きしたのか? そのページをさらっと読んでみたが、この文章は見つからなかった。興が乗ったので、その勢いで本を読み終えた。どこにもこんな文章はなかった。それに、本に書いてあったのは、奇跡は自ら引き寄せようとしなければやって来ないという趣旨だ。 『奇跡はいつも知らないうちに忍びよっている。』 試しに足元を見てみると、一枚のメモ用紙が落ちていた。今、手にしているものと同じ紙だ。もう一枚挟まっていたのか、気付かなかった。 拾ってみると『奇跡は十五歩先にある。』と書いてある。十五歩先、微妙な距離だ。近いと言えばものすごく近いが、忍びよったにしては遠いのではないだろうか。 本に二枚のメモ用紙を挟んでキッチンから出ると、廊下にまたメモ用紙が落ちている。 『奇跡はお湯を好む。』 このメモ書きは祖父か。風呂に入れというメッセージか。面倒くさいから朝起きてからシャワーしようと思っていたのだが。仕方ない。入るか。 風呂場に行くと、風呂の蓋の上にまたメモ。 『奇跡はきれい好きである。』 丁寧に体を洗って出ると、着替えの上に『奇跡は寝る前のミルクとビスケットから生まれる。』 冷蔵庫を開けると『奇跡はすべてを温める。』 ホットミルクにしようとレンジを開けると『奇跡は静音を好む。』なんだそりゃ、音を立てるなということか? 仕方なく鍋で温めた。ビスケットを探して戸棚を開けると『EAT ME!』というメモ用紙が張り付けてある英字ビスケットがあった。なんだ、そりゃ。 ホットミルクとビスケットでふわりと体が暖まると、急に眠気が差した。食器の片づけは翌朝にして、ベッドに入る。目をつぶるとあっという間に眠りに入り、夢を見た。 ミー子が「なーう」と呼ぶので振り返ると、外で仕留めてきたらしいキリギリスを前に自慢げに胸を張っていた。 「ああ、偉いな。食べていいぞ」 褒めてやったが、興味をなくしたのか、俺に食べろということなのか、キリギリスを置いて行ってしまった。片付けようとキリギリスを拾うと、キリギリスは小さな小さなメモ用紙を持っていた。 『EAT ME!』 「いや、食べねーよ」 目が覚めて、なぜか俺は泣いていた。キリギリスの死を悲しんでいるのか、とバカなことをわざと思い浮かべてみた。けれど、ごまかすことなんか出来やしない。ミー子を思い出して泣いているのだ。もう三年も経つのに、ちっとも忘れられずにいる。 俺はこんなに弱い男だったんだな。 パジャマの袖で涙を拭いて起き上がった。大人なんだからと我慢して、ミー子が死んだとき泣くことを我慢したんだ。本当は、こうやって泣きたかったのに。 「こら、お前は食器を散らかしっぱなしで寝おって。それでも大人か」 「あー、忘れてた、ごめん」 どうやら祖父が片づけてくれたらしく、キッチンはきれいだった。冷蔵庫から朝食代わりの牛乳を出す。残り少ないので箱に口をつけて直接飲む。 「またそうやって、ずぼらをする」 「はいはい」 適当に返事をして牛乳パックを潰す。 「本は読んだか、どうだった?」 「あー、そうね。起きたわ、奇跡」 「本当か!」 ガタンと椅子を蹴立てて祖父が立ち上る。 「本を返せ、俺も読む」 「え、読んでなかったの」 「老眼だと、本は大変なんだ」 もしかして。俺は答えを知りたくないような気持を押し隠して、尋ねた。 「もしかして、今までの本って、全部、読んでいないの?」 「そうだ」 「俺に、代わりに読ませてた?」 「そうだ。なんだ、それがどうした」 「……べつに、なんでもないよ」 正直、本の内容のせいで奇跡的な夢を見たわけではない。どう考えても、あのメモのおかげだ。 「メモ、ありがとう」 「メモ? なんのだ?」 「本に挟んでおいてくれたやつだよ」 「そんなの知らんぞ。本屋で挟まって来たんじゃないか」 そんなわけがない。家中にばらまかれていたんだから。 だが、祖父は冗談や嘘は言わない。 メモ用紙は全部『大強運』に挟んだ。部屋に取りに行ったが、『大強運』の中にメモはなかった。 キッチンに戻ると、祖父がそわそわして待っていた。 「あの本に書いてあったことを教えてくれ」 「あー、うん。今日、帰ってからね」 曖昧な返事をして家を出た。電車に乗る前にコンビニでメモ用紙を買おうと手に取った。が、それは置いて、レポート用紙にした。老眼でもこれくらい大きく書けば見えるだろう。帰りに牛乳を買って帰らねば。 小さな小さな奇跡のためのおまじない。その準備をしている自分が乙女チックに感じて、照れくさくて下を向いたまま、レジで代金を払った。
by satoko-mizo
| 2018-02-17 18:30
| 小さなおはなし
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